2013年1月28日月曜日

中国は強くなっているように見えると同時に、脆弱になっている



●中国の指導者たちは国際舞台では強い態度に出ているが、国内では不安な様子〔AFPBB News〕


JB PRESS 2013.01.28(月) 英フィナンシャル・タイムズ紙
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37026

中国のグローバルパワーを脅かす政治的亀裂
(2013年1月25日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 中国に対して西側が抱く習慣的な見方は、中国が絶え間なく世界覇権へ向かう姿を描いている。
 中国はまもなく米国を抜き、世界最大の経済大国になる。
 さらに数十年後には卓越した大国としての衣を纏っているだろう。
 その間、どこかの段階で中国の政治体制は民主主義に似たものに移行する、というのだ。

 これは面白いほど単純な主張で、中国のゴールドラッシュに参加している西側の企業経営者にとっては特に魅力的なものだ。
 だが、北京を訪れるたびに筆者が思うのは、
 中国の指導者が国際舞台で主張を強めれば強めるほど、彼らは国内で不安な様子に見える
ということだ。

 中国は確実に国際的に存在感を示している。
 鄧小平の「自らの強さを隠す」戦略は、
 近隣諸国を不安にさせ、米国を心配させる臆面もない自己主張に道を譲っている。 
 東シナ海や南シナ海での長期にわたる海洋紛争は、一触即発の軍事的な火種になっている。
 中国のブログ界は、宿敵に思い知らせてやれと指導者に求める声で溢れている。

■世界を支配することに興味はないが・・・

 中国政府の政策立案者たちは、中国は世界を支配することには興味がないと主張している。
 帝国という考えは、あらゆる歴史的伝統に逆行するという。
 支配層のエリートも、自分たちはサイバースペースにおける国家主義的な熱狂に対する抑止力として行動していると主張する。

 だが確かに、中国は国益にかかわる問題については我意を通すことを期待する段階に到達している、と高官たちは言う。
 そして確かに中国は、1世紀余りにわたって中国を搾取し、侵略した西側の大国から説教されるつもりは毛頭ないという。

 部分的には、こうした新しい主張は、商業的なつながりをそのまま反映したものだ。
 政治は経済の後を追う。
 拡大の一途をたどる中国の地政学的利益は、貿易と投資の関係が拡大していった結果である。

 だが、目に見える思考の変化も出てきている。
 高官たちが今でも、中国は「発展途上国」として国際的な統治の負担を背負うことはできないと言うのと同じだけ、彼らはワシントンで作られた一連のルールにステークホルダー(利害関係者)として参加すべきだという考えには否定的だ。

 高官たちが口にする次期国家主席、習近平氏に関する話題は、変化よりも継続に重点を置いている。
 指導方針は昨年の共産党大会で示された。
 戦略的な方向性について知りたがっている欧米人には、党大会での議論を余すことなく(うんざりするほど)説明する解説が提供されている。

 だが、誰もが同意しているように見えることが1つある。
 習氏は胡錦濤氏よりも強くなる、ということだ。
 新国家主席は、権力のレバーを胡氏よりもしっかりと握っていると言われている。

 中国政府は、国外での衝突が経済発展を中断させることを望んでいないと主張する。
 論理上は、それが正しいはずだ。
 だが、話が東シナ海での日本との対立や、南シナ海でのベトナム、フィリピンその他の国々との紛争になると、そうした言葉使いの口調が激しくなることに気付かずにはいられない。

 軍事衝突、特に尖閣諸島(中国名:釣魚島)周辺海域での日本との軍事衝突の危険性は決して無視できない。
 それと同時に、中国海軍と米国太平洋艦隊が衝突する危険もある。

 習氏が国内の安定ついて心配するのは正しい。
 中国の経済的課題は至極明白だ。
 減速する世界経済はもうすぐ自国の高齢化する人口動態とぶつかる。
 労働力は既にピークに達した。
 中国はまさに年をとろうとしている。
 それも急速に。
 そのため新たな指導部は、中身がまだかなり曖昧な経済改革を加速させることを約束している。

■これからが難しい経済改革

 習氏は国民の不満を意識し、官僚の虚飾や行き過ぎた行為を終わらせ、汚職を厳しく取り締まることを約束している。
 最近では党の役員たちも高価な腕時計をすることに慎重になっている。
 計画では、内需拡大に向けた経済の転換を強力に推し進める予定だ。
 これまでのところ、党はまずまずの仕事をしている。

 次の段階はもっと難しい。

 汚職は、経済の仕組みの中にしっかり組み込まれている。
 活力のある部門に投資するために資本を自由にすることは、大手国有企業の実力者と対立する危険を冒す。
 その間ずっと中国が抱き続ける大きな不安は「中所得国の罠」に陥ることだ。

 政治に目を向ければ、大幅な改革の手掛かりを見つけるのは難しい。
 所得の増加とソーシャルメディアの爆発的成長は、中国の社会的、政治的な対話の条件を書き換えている。
 検閲官たちは、3億人を超えるミニブログ「微博」のユーザーに付いて行くのに必死だ。
 グーグルは遮断されているが、誰もが自分のG メールにアクセスする術を心得ているように見える。

 最近の民衆の抗議行動に対する対応
――汚職についてであれ、厳重な検閲についてであれ、致命的な水準の北京の汚染についてであれ――
は、対立を避けるよう計算されている。
 党が「労働教養(労働矯正制度)」として知られる恣意的な拘束制度を改革する可能性を示す兆しも出てきている。

 だが、政府と市民との間の力の再配分という話になると、高官たちは無表情な反応を示す。
 退任を控えた温家宝首相によって進められた近代化計画が同氏の退任後も存続する可能性は小さそうだ。

■国と個人の力関係は既に変化し始めている

 共産党に欠けているのは、国と個人との間の力の変化が既に進行中であるという認識だ
 党は、社会的、政治的な混乱に対する答えは経済成長だと考えている。
 だが、繁栄はそれ自身の力学を生み出す。
 政治的な変化を求める圧力の高まりに対する解毒剤というよりも、むしろ圧力の源泉となるのだ。

 中国には、西側の民主主義を求める大きな熱意はない。
 党は今も国の守護者だ。
 だが、中産階級に加わるという単純な事実は、一般市民を透明で責任ある政府を求める方向へと導く。
 繁栄は市民に、法の支配に対する大きな利害を持たせる。
 そして、デジタル革命は、自らの言い分を主張する方法を与えてくれる。

 今のところ、党は違う考えを持っている。
 その結果、中国は強くなっているように見えると同時に、脆弱になっているように見えるのだ。

By Philip Stephens
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